YOGA THERA

”ま、楽しもうや” ということで


 

2023年のスタートは東北福島

二日間動いて感じて動いて感じて・・・

って過去最高に動いてみた

 

 

眠いとか、疲れたとか

見えない・聞こえないふりして続行。笑

 


 

學びを各自が

各自の中で腑に落とす作業の時間となった福島での時間

年始早々、たくさん集まってくれて嬉しい。

 

 

 

どうも。〇田病院サテライト施設所長白浜です。笑

 

 

 

今回は、足部、頭部、背骨の話はずっとしてきたので

その”接続部”の話へ。

(とかいうけど、学習会の前日まで全く何やったらいいかわからずに結局ぶっつけて参加したら、PFCの話になっていくという・・・なんか楽しすぎる内容になった。やっぱり何も作らない方がいいらしい。)

 

 

 

ロックオンする場所の話はたくさんしてきましたが

それを”駆動”させてくれる部分の基礎

 

 

 

恐ろしいほど機能しない接続部

接続されていない接続部。笑

(産後じゃないからだで、これってことは。産後は・・・恐ろし)

 

 

 

生きるために必要な横隔神経由来の場所

そして補助的な呼吸の場所が

なぜここまで”運動メイン”になっているのか

 

 

 

若い人でそうなのに

病気と診断されていない人でそうなのになんたることか。

大きな病気されている人ならどうなるのか。

いや、病気がどうのじゃない。

 

 

 

年齢を重ね複雑にからみあった人の場合どうなるのか

 

 

 

年を重ねるということは

複雑さを増すということ

(谷田学先生より ブログ

わぁ、内容違うけど、老い について話してます。。。震えます

 

 

 

だからこそ、

シンプルにして

”同時に考えることを減らす”ことが太極瑜伽なのか

そしてその先の ワタシもない世界へ

ん〜〜〜 知らん

 

 

20、30代は自分探し

40代が その間

でも、男は基本カッコつける。それが”普通”。

50〜60代からは緩くなり主張が減る。

それくらいにあると”適当”を知る。

ワタシもクソもない笑

どうでもいい(けど、なんでもよくない)

 

 

 

しかし楽しまず途中失敗すると 頑固じじぃ化する。

これはめんどくさい。笑

 

 

 

経験値が増えるからこそ、複雑になる。

さらに情報を得る時間が増える。

複雑化は起きるべきこと。

 

 

 

だから”すること” だけは ”単純”にしておく。

 

 

 

なんでも”シンプル”なんよ

という人は、

頭が複雑な人 = 経験豊かな人 = 経験した人

(腹から出てきた人の シンプル は やはり深い)

 

 

 

あらゆる情報に飲み込まれてしまう

いやでも、我々は恐怖を感じやすいし

ネガティブな感情に支配されやすい生き物

 

 

 

複雑なものをまた複雑にするのが

上部だけの”知識”というもの 学べば学ぶほど ドツボ

明確にすればするほど 違うところへ。笑

 

 

 

いつの間にか 蚊帳の外

わかった気になって終わり

 

 

 

明確な言葉はよくない

「ダメとか強い言葉は嫌だな。言葉はあいまいじゃないと」

 

 

具体より抽象

さすが、奥田民生。笑

適当のカリスマ。

 

 

 

しかし”普通”の学びはそれを超えて

その複雑さを整理させてくれるものです。

 

 

 

ふつうってなんやねん。

さぁ、また新しい課題です。

”ふつう”とは

 

 

 

そうやって 考えていくことこそが

”より良いへ進む道”

 

 

 

かもしんない。

 

 

 

次回の福島は7月1・2日になりそう

今回骨盤の左右への移動から接合部学び始めましたから

次回は、、、、

 

 

 

第◯の故郷か知らんけど

親世代の人もレッスンしにきてくれて

実家の棚にある家族写真ばりに素敵な写真が撮れました☆

 

 

 

麻痺の人はほんと良くなっていくな。

会うたびに変化して”まある”くなってる。

やることたくさんある。

でも、一般的な病院で何してるかって話になるたびに切なくなります涙

 

 

 

一人にでも

その先の”可能性”が届きますように

ワタシにやれることは

こうやって記録し続けること

 

 

 

今日の一言 365

あなたは今何歳?

ま、いつかその時が来るから

楽しもうや^^

論語を聞く

 

 

子曰わく、

吾 十有五にして学に志す。

三十にして立つ。

四十にして惑わず。

五十にして天命を知る。

六十にして耳順(したが)う。

七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず。 

「論語 為政第二」

 

 

(意味)

私は十五歳になったとき、学而に心が向かうようになった。
三十歳に至って独りで立つことができた。
やがて四十歳のとき、自信が揺るがず、もう惑うことがなくなった。
五十歳を迎え立つとき、天が私に与えた使命を自覚し奮闘することになった。

その後、苦難の道を歩んだ経験からか、)六十歳ともなると、他人のことばを聞くとその細かい気持ちまで分かるようになった。そして、七十のこの歳、自分のこころの求めるままに行動しても、規定・規範からはずれるというようなことがなくなった。

 

 

 

だってさ^^

 

 

 

 

 

この記事を書いた人

白浜芳幸

1982年生まれ札幌在住. 2012年より北海道セラピスト研究会に参加し理事・講師として活動. 理学療法士、作業療法士などの現場で働くプロを指導. 同時に各地で年間50本近くワークショップを開講. 2018年よりコンディショニングスタジオヨガセラ開設. 本来の人間の”生き方”と”考え方”を手に入れるためのツールになる”ボディワーク”と”ヨガ”を各地で伝え続ける.

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